十時間後無事ノルウェーに着いた俺達だったが

「それで沙貴、遺産は何処にあるんだ?」

「そう言えば場所を聞いて下りません」

「・・・起こそう」

そう呟くと俺の意識の奥深くで眠りについている、鳳明さんに場所を聞くとその足でその方面に向かうバスに乗り込み、目的地に向かいだした。







それからわずか一時間半後アルクェイド達がノルウェーに到着した。

「随分と早く着いたねー」

「当然ですよ。志貴さんの乗った飛行機は3ヶ所空港を経由しなければいけないのに対して、こっちは一ヶ所だけ。早いに決まってます」

「もしかして琥珀さん、これを知ってて・・・」

あまりにも周到かつ冷静な琥珀に全員戦慄すら覚えた。

「それで兄さんは?」

「えーと、もう空港をでで・・・かなり遠くに行っていますねー」

一見するとノートパソコンにも見えるディスプレイを見ながらそう言うと

「姉さん、急いで後を追わないと」

「そうね・・・志〜貴〜しっかりと説明してもらうわよー」

「七夜君、状況次第では今日が命日になりますよ・・・」

「兄さん・・・兄さんにはたっぷりとお仕置きしないと・・・うふふ・・・」

どす黒い瘴気に近いものを纏いながら六人は志貴の後を追い始めた。







目的地に着いた俺達二人にまず大きな屋敷が目に入った。

「うわー兄様、見てください大きなお屋敷―」

「ああ、遠野の屋敷に匹敵するな、ありゃ。それにしても・・・あの屋敷以外は山脈と荒野か・・・あの屋敷の中に遺産があるのか」

「違う」

鳳明さんが唐突に出て来た。

「えっ違うって・・・」

「あの屋敷さ」

「えっ??」

「はい??」

「あの屋敷が第一の凶夜の遺産、『空間を繋げる館』だ」

「ええっ!!」

「あんな大きなお屋敷がですか?」

「最初にも言ったが、媒体と魂の相性が合えばなんでも遺産となる。大きい小さいの問題じゃない」

「な、なるほど・・・!!」

凄まじい爆音が響き渡ったのはその時だった。

「まずいな、遺産の破壊が始まったか、志貴急ごう。破壊されては元も子も無い」

「はい、沙貴行くぞ」

「はい兄様」







その朽ち果て始めた屋敷を前に複数の人間が半ば呆然として立ちすくんでいた。

「・・・話が違うぞブルー。こいつは一体どういう事だ?」

と、法衣を身に纏い、前髪で目の半分を隠した妙齢の女性が、普通の服を身につけ大きなトランクを持った長髪の女性を詰る様に詰め寄った。

「どうしたもこうしたも無いわ。単純に私の能力よりもこの館に集結している能力のほうが上って事よ」

ブルーと呼ばれたこの女性は事も無げにそう言った。

しかし言われた方は更に語気を強め、

「馬鹿な!!現存する五人の魔法使いの内の一人であるお前がこんな館ごとき・・・」

「外見だけで判断すると痛い目を見る、それは貴方の言葉じゃなかったけ?ナルバレック」

「くっ・・・」

「この館には確かに何かが隠されているわね。それも死徒や真祖とは違う力が・・・」

そこまで言うとやれやれと肩をすぼめた。

「これでも結構ショックを受けているのよ。まさか私に壊せないものが存在していたなんてね」

「とてもそうには見えんぞ」

「私ってポーカーフェイスだから・・・誰?」

そういうと全員手前の森に視線を向けた。

そこにいたのは、

「先生?!」

「あら、志貴じゃない?」

「なっ!『蒼眼の黒鬼』!!」

三者三様の声が響き渡った。






「先生、どうしたんですかこんな所で、それも随分と珍しい輩と一緒に居ますね」

「まあね、私もいろいろと付き合いがあるから・・・まあ、最も腐れ縁に近いけどね・・あら?あなた・・・」

「やっぱり青子先生」

「こら、私の名前を呼ぶなと何度言えば判るの?」

「あっ!・・・す、すみません」

「まあいいわ、せっかくの再会にいきなり叱ると言うのもね、久しぶりね沙貴」

「はい、青子先生もご壮健そうで何よりです」

「沙貴、『ご壮健』なんてもう少し年寄りの人間に使いなさい。それにしても・・・ふーん」

「なんですか?先生」

「君も随分と大胆になったわね、あのお姫様達の目を盗んで逢い引きだなんて」

「なっ!!へ、変な事言わないで下さい!!この子は・・・その・・・」

「いいわ、この子との事はゆっくりと聞かせてもらうから・・・で志貴、君達は何の様でここに?」

「ええ、俺達もこの屋敷に用があるんですよ」

「じゃあ、止めた方が良いわね」

「どうしてですか?」

「・・・ここに潜入した教会のエクソシストが出て来ないわ」

「そうだ」

と、今まで俺達と先生の話を黙って聞いていた、法衣姿の女性が口を開いた。

見ると他にも数人の法衣姿の人間がこちらを睨んでいる。

「貴方は埋葬機関の・・・ナルバレック」

「ふん、神の摂理に背く様な者に名で呼ばれたくは無いな」

そのそっけない口調に俺は肩をすくめると、

「先生、どういう意味ですか?」

「もともと数年前からこの館で神隠しがあったから最初は、教会の下位のエクソシストが潜入したらしいけど五人帰ってこなかったらしいわ。それで今度は上位の司祭を派遣したらしいけど結果は同じ事になって、それで遂に協会と埋葬機関にお鉢が回ってきたのよ」

「なるほど、それで、先生が・・・」

「まあそういう事、で今私がこの館を破壊しようとしたけれど・・・」

「見事に失敗した」

「ええ、そこの陰険司教の言う通り。どうも私達の予想外のなにかが居るみたいね」

「そうでしょうね・・・」

「??志貴何か知っているの?」

「先生詳しくは言えませんが、こいつの破壊、俺に任せてくれませんか?」

「えっ?」

「内部から破壊します」

「無理よ。何か知らないけど入り口は硬く閉ざされているわよ。おまけに扉は壊せない、幾ら君でも・・・」

「やってみないと判りませんよ。沙貴行くか」

「はい、兄様」

そう言うと俺はゆっくりと扉を押した。

すると、ギィィィィィィィ・・・金具の部分が錆び付いているのか鈍い音を出しながらあっさりと扉が開いた。

ホールと思われるそこはほこりやら蜘蛛の巣やら、散乱した家具・調度品でめちゃくちゃになっていた。

「開きましたよ先生」

「あら?」

「ば、馬鹿な!!我らの場合は何度やっても開かなかったのに!!」

そんな声を背にしつつ俺は屋敷の中に入った。

その途端

バーーーーーン!!

後方より轟音がしたと同時に扉が閉められてしまった。

「!!」

「兄様!!」

入り損ねた沙貴が慌てて、扉をこじ開けようとしているみたいだが、先程と打って変わってびくともしない。

「くっ!!」

「沙貴、お前はここで待っていろ!」

「で、ですが兄様」

「無理だ、この館は凶夜の魂によって空間自体をそっちと隔離されている」

「道理で先生の力でも破壊できないはずだ。これじゃあお前の『破壊光』でも破壊できない」

「そ、そんな・・・」

「それに・・・この館はどうも志貴に用があるらしい・・・」

そう言うと俺と鳳明さんはホールの真正面の壁に何時の間にか書きなぞられた文章を凝視していた。

『ようこそ・・・七夜志貴・・・』

「いい趣味していやがる、血文字だこいつ・・・」

鳳明さんは吐き捨てる様に呟いた。

確かにこの文字は血で書かれていた、それも滴る鮮血で・・・

「そう言う事だ、沙貴ここは俺に任せろ。片をつけて直ぐに戻る」

「ひっく・・・ごめんなさい・・・兄様・・・ごめんなさい・・・こんな時に・・・」

「気にするな沙貴、こいつの目的は俺だった。それだけの事だから・・・じゃあ行ってくる」

そう言うと俺は入り口から離れると静かにホールを奥に進み始めた。

既に『凶断』・『凶薙』はベルトに挟み込み、ナイフは懐に収めている。

そして懐中電灯を右手で照らし左手は腰の『凶断』に手を伸ばし何時でも抜刀できる態勢で先を窺う。

「しかし酷い臭いだ」

俺は思わず呟いた。

確かに館の中は空気の淀んだ臭い、埃やカビの臭いが充満していた

「ああ、しかし志貴お前も気付いているだろう?異臭はもう一つある事位」

鳳明さんの問い掛けに俺は頷いた。

肉の腐る腐臭と猛烈な血の臭い・・・これらも新しき異臭としてこの館の空気の一部と化していた。

そして俺は最初の部屋のドアを蹴り飛ばす。

そこにはやはりと言うべきか死体があった。

しかし常識では考えられない状態で、

「・・・ほ、鳳明さん・・・こいつは・・・」

俺はそう言ったきり絶句する。

そこには壁に十字架の形に張り付けられた男性がいた。

それも両手・両足が杭で打ち付けられたのではなく壁と融合した状態でそこにあった。

それはあたかも人をオブジェの一部として扱ったかのようなおぞましき芸術品だった。

「・・・完全に壁と一つになっている。志貴、こいつがこの『空間を繋ぐ館』を支配する凶夜の魂の力だ」

「空間移動ですか・・・ですがそれだけでここまで・・・」

「奴はこの能力を応用している。空間と空間の狭間には何人にも自覚できないが形状が不安定な地点が存在している。奴は二つの標的の内、一つをあえてその地点に入れる事により不安定な状態を強制的に造り出す。そしてそいつがもう一つの標的に襲い掛かる。いや、襲い掛かる様に仕向けられるのさ・・・凶夜の魂によってな。その結果、飲み込んだまま安定しあれが結果だ。志貴壁に触れてみろ」

「えっ?」

首を傾げながらも俺はそっとその壁に触れた。

「うくぁっ!!」

俺は思わず意味不明な叫び声を上げると後ろに後ずさりした。

「・・・あ・・・暖かい・・・おまけにあの柔らかさ・・・まさか・・・」

「その通り、外見だけでなく中身まで融合される。だからあの壁は、壁であり人の肉体でもある・・・最もあれに比べれば、まだこちらの方が幸福といえば幸福だがな」

と鳳明さんは俺の後ろに指をさした。

俺は反射的に後ろを振り返ったが、直ぐに後悔した、

そこにあったのは壁と同じ色をした二本の腕と顔の形に歪んだ状態の壁があった。

「完全に一体化しているんですか・・・」

「その様だな・・・志貴急ぐぞ。一刻も早くここを潰さないと俺達の末路も・・・!!志貴!!飛べ!!」

言われるまでも無かった。

今まで何も感じなかった、床に微妙な違和感を覚えた俺は鳳明さんの言葉よりも、数瞬早く飛び上がっていた。

その直後、床の絨毯が突如盛り上がり、俺のいた地点を中心に飲み込んでしまった。

俺は跳躍しつつ、『凶断』を一気に抜刀すると巨大な投擲槍のイメージを浮かべ、柄を強く握り込んだ。

その途端『凶断』の刃先から真紅の光が溢れ、その光は瞬く間に自分の背丈くらいある巨大な槍に姿を変え、重力に従う様に、盛り上がった絨毯ごと床をぶち抜いた。

轟音と共に床は絨毯ごと撃ち抜かれその後には巨大な穴が出来上がっていたが、それ以外に信じられないものまで出て来た。

破壊された木から滴り落ちる鮮血・・・俺が怪我をしたのではない。

この床が血を流しているのだ。

「・・・志貴急ぐぞ、この屋敷は人間と同じだ。床や壁に見えているが俺達は人間の体内にいる様なものだ。一刻も早く遺産を破壊しないと・・・」

「・・・はい・・・」

俺達はその部屋を見ない様にして後にすると、気を取り直し屋敷の調査を再開した。

「・・・それで鳳明さん、屋敷全部を破壊するんですか?」

「いや、この館のどこかに凶夜が直接入り込んだ物が存在する筈だ、それを殺せばいい。そうすればこの館は自然に崩壊・・・!!志貴また来たぞ」

「ええ」

微妙な空気の流れを察した俺は咄嗟に、直ぐ近くにあるドアを体当たりで吹き飛ばし、その部屋に転がる様に突入した。

その直後、廊下の天井がアメーバ状になって空気だけを飲み込み再び元に戻った。

「ふう、これじゃあきりが無いな」

「それでも一つ一つ虱潰しに探すしかない、力の大本を潰せばそれで終わるからな」

そんな事を言い合いながら再び探索を開始した。

「しかし、もう少し明かりが欲しいな・・・・って?あれ??」

俺が何気なくそう呟いた瞬間、廊下・部屋・・・恐らくはこの屋敷全体のランプやシャンデリアが明かりを灯し、薄暗かった、屋敷の内部を克明に照らし出した。

「これは・・・」

「ちっ、とことん人をおちょくっているな」

俺は絶句しながら懐中電灯の明かりを切り、背負ったままのナップザックに入れると開いた手で『凶薙』を抜き、呆れ果てた鳳明さんが周囲を見回しながらそう毒づくと、俺達は再び所所顔の形や、人の背中のような盛り上がりをしている廊下をゆっくり進みだした。







一方、館の外では、志貴が館に潜入してからもう二時間経っていた。

そしてその間沙貴は微動だにせず、ただひたすら同じ言葉を呟きながらこれ以上無い真摯さで、祈っていた。

「・・・神様・・・どうか兄様をお守りください・・・」

沙貴にとって志貴とは自分の心を助けてくれた大切な人だった。

志貴本人にも言ったが、彼女にとって志貴と出会い、そして一緒に遊んだあの一年間は彼女の心に安らぎと幸福を与えてくれた楽園だった。

志貴本人は自覚などしていないがあの時、志貴が発してくれたさまざまな言葉がどれほど七夜沙貴と言う人間に生きる希望と安らぎを与えただろうか。

離れ離れとなり再び孤独と迫害の日々に戻っても沙貴はあの一年間、月夜で一緒に遊んでくれた蒼眼の少年を忘れた事は一時も無かった。

その言葉も、その仕草も、そしてあの穏やかで優しく春の木漏れ日の様な温かい微笑みも。

だからこそ彼女は『凶夜』に堕ちる事無く七夜として生きてこれたのだ。

今度は自分が志貴の力となりたい、志貴の傍に永久にいたい・・・

その想いのみが彼女の唯一つの、そして最高の願いだった。

すると後ろから何か声が聞こえてきた。

誰か来たみたいだ。

「あら、お姫様じゃない」

「ブ・ブルー?!何であんたがここにいるのよ!!」

「弓!!貴様今ごろのこのこと、何しに来た!!お前にはアルクェイド・ブリュンスタッド、及び『蒼眼の黒鬼』の監視を命じたはずだぞ!!」

「ですからここに来たんです!!それよりも貴女こそどうしたんですか?メレム・ソロモンを除く全埋葬機関員を集結させるなんて!!」

「私はそこの陰険司教の要請でいるだけよ、貴方達こそどうしたのよ?」

「あっそうだ!!こんなこと言っている場合じゃない!ブルー!志貴は・・・」

「あーーーーーーっ!!あの女!!」

「あら、沙貴がどうかしたの?」

「そんな部外者よりも当の本人に聞きましょう」

すると沙貴の周囲に人の気配がした。

すっと瞳を開けると、そこには六人の女性が自分を囲む様に自分を見ていた、いや睨み付けると言った方が良い。

「??・・・あ、あの失礼ですが・・・」

「「「「「「志貴(七夜君、兄さん、様、さん、さま)は何処なの(ですか)?」」」」」」

「???」

沙貴が何がなんだか判らず混乱した所、金髪・真紅の眼の女性がじれったそうに

「だーーかーーらーー!!志貴は何処にいるのかと聞いているのよ!!」

「えっ・・・志貴兄様ですか?」

「!!!」

その途端、表情を強張らせた黒い長髪の少女が先程の女性を押しのける様に

「あなた・・・なに血の繋がりの無い女が私の兄さんを『兄様』と呼んでいるのかしら?」

そう詰め寄ってきた。

「えっ?・・・ああそうでしたか」

その台詞を聞いた瞬間沙貴の表情が一変した。

志貴に依存しきった七夜沙貴と言う少女から、ただ冷酷に無慈悲に魔を滅ぼす『破光の堕天使』に変貌したのだ。

「では、貴女なのですね、兄様の優しさにつけこんで、妹面をしている遠野秋葉という方は」

「なっ!!!!」

この苛烈極まりない返答に秋葉はもとより周囲の全員が絶句した。

「ななななな・・・」

「私から見ればそう捕らえられても仕方無いのでは?兄様から家族を奪っておいて兄様を『兄さん』と呼ばれるなんて虫の良すぎる話だと思いますが」

「!!・・・・・」

「私も確かに兄様とは血は繋がってなどおりません。ですが兄様は私の心を救ってくださった。だから私は志貴兄様を兄様と呼んでいるだけです。そして私は遠野が七夜を滅ぼしてから十五年間兄様と一緒にいられる事だけを唯一の望みとしてきた。その想いと貴女が兄様をお慕いになっておられる気持ち、どちらも軽くは無いと思われますが」

「・・・・・・」

「あ、あの失礼ですが・・・貴女は・・・」

顔から血の気が引き、完全に口を噤んでしまった秋葉に変わり赤き髪の自分と同い年と思われる少女がおずおずとそう尋ねてきた。

「あっ・・・申し訳ありません、名を名乗る事を忘れておりました。私、七夜沙貴と申します」

「えっ?」

「や・・・やっぱり・・・」

「七夜とはあの七夜のことですか??」

「はい、退魔を生業としていますあの七夜です」

沙貴の名に秋葉は顔を蒼白にし、他の全員も信じられない様に見ていたが

「それよりも志貴は何処なの!!」

ただ一人の例外といえる先程の金髪の女性がそう尋ねてきた。

「・・・志貴兄様はあのお屋敷の中です」

その言葉と同時に屋敷の中央部からだろうか?唐突に屋根が弾け飛び真紅の竜が天に昇っていった。

「!!何だ!!あれは!」

「あれは魔殺刀『凶薙』の『竜帝咆哮』?!」

「中で一体何が・・・」

全員が騒然とする中、唐突に館の入り口に黒い空間が現れた。

「?何なのですかこれは・・・!!」

何事かと皆が覗き込むとそこには

「あんたの力じゃあ俺は殺せない・・・」

何も無い空間に刀を突きつける志貴の姿があった






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